
LINEMAN NETWORK特別インタビュー
WE ARE LINEMAN Vol.5

川﨑 学
株式会社スカイテック
Manabu Kawasaki
1966年生まれ。岩手県出身。1985年度入社。

Q.大事にしている言葉や格言は?
言葉とかそういうのはないですけど、
人と話す時は、大きな声でハキハキと。
あとはよく笑うようにしています。
いろんな面で軽はずみな発言はできないな、という気持ちです。
すごい責任感のある、そういう称号だなという気持ちで、プレッシャーの方がすごく強かったです。
Q.マスターラインマンになって。
今は現場の雰囲気を見てパトロールして歩いています。5月、7月になれば求人で学校を回って、ラインマン募集に駆け巡っています。
高校を卒業する前に求人票を見て、
週休2日に給料が高い。
見たこともないような仕事内容だったのですが、
チャレンジしてみようと岩手から出てきました。
Q.お休みの日は何をしていますか?
バイク仲間とツーリングに行ったり、
あとは寮をうろついて、若い子の様子を陰ながら観察するとか。
あとは若い子を誘って釣りに行ったりします。
Q.後輩へ向けて
人員配置とか、現場の運営で困らないように
一所懸命若手を集めていって、スカイテック
本来の力でどんな現場もこなしていきたいかなと思っています。
Q.今はどんな仕事をしていますか?
Q.ラインマンになったきっかけは?
本間 道彦
株式会社スカイテック
Michihiko Honma
1976年生まれ。 新潟県出身。1994年度入社。

Q.先輩マスターラインマンへ一言
現場に来て、愛のあるカミナリを
もっといっぱい落としてほしいと
思います。
工事部長という立場で工事の元請けさんとの
やり取りや現場調査、現場の配置関係、
パトロール関係を主にやっています。
求人票で見ていて、何となくパッと目について。
県外に出たいっていう気持ちも正直あったので。
鉄塔がどんなものかはわからなかったんですけど、ここに決めました。
Q.若手との向き合い方は?
この業界は若い人がみんな素直でいい子で、
一所懸命で。その雰囲気をもっともっと良くして、また新しい人が来たらしっかり育てて、
これからに繋げていきたいと思っています。
Q.今はどんな仕事をしていますか?
Q.ラインマンになったきっかけは?
全国のマスターラインマンの人に負けないように。
現場で結構安全に対して自分の意見もすごく大事だと思うので、常に現場に行って、作業員の方に心がけて伝えています。
Q. マスターラインマンになって。
Q.お休みの日は何をしていますか?
今、現場で体をあんまり動かさなくなって、ちょっと体重が重くなってきたので、
体を一生懸命動かしています。
あとはゴルフの練習に行ったりしています。
仕事をする上で心がけていることは?
聞いて、集めて、問いかけて。
自分を変えるということではなくて、
決める前にひとつでも多くの意見を聞いて、集めて、問いかけて。
それでみんなが納得するようないい仕事、いい方向に進めていくのが
私が心がけていたところです。

大切にしていることや言葉は?
失敗を恐れないで。
「失敗を恐れるな」「失敗は成功の元」とか。
失敗してなんぼかなとも思っちゃうんで。
失敗がやその後の経験にも繋がって、多分安全にもつながっていくので、
失敗を恐れないで積極的に若い子達に頑張ってもらいたいかなと思います。

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はじめに、自己紹介をお願いします。
川﨑さん
株式会社スカイテックの川﨑と申します。
岩手県釜石市出身です。よろしくお願いします。
本間さん
株式会社スカイテックの本間と申します。
今31年目、新潟県出身です。
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ありがとうございます。
まず川﨑さんにお伺いしたいのですが、ラインマンになったきっかけというのはあったのですか?
川﨑さん
当時、高校を卒業する前に求人票をいろいろチェックしまして、週休2日に給料が高い。それがすごい魅力で、仕事内容とかそういうのはあまり・・・
興味というか、経験のない「送電線工事」といったものだったので、普段見たこともないような仕事内容だったのですが、給料が高いんだったらチャレンジしてみようかっていう、そういう気持ちで岩手から出てきました。
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岩手から東京に出てきて(株)スカイテックさんへ?
川﨑さん
いえ、当時は相模電設という会社でした。
寮は神奈川の相模原の方にありました。
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そこでずっと寮生活をされていたのですか?
川﨑さん
そうですね。
現場は千葉の方だったんですけれども、寮には2週間に1回くらい帰ってくるようなイメージでした。
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当時の相模電設さんが今のスカイテックさんになったのですね。
川﨑さん
そうです。合併して(株)スカイテックになりました。
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本間さんのラインマンになったきっかけは何だったのですか?
本間さん
自分は工業高校で機械科にいて。
求人票で見ていて、何となくパッと目についたのが機械関係でもなく電気関係の仕事だったんですけど、県外に出たいっていう気持ちも正直あったんで、神奈川という場所と。
鉄塔がどんなものかは全然わからなかったんですけど、あと給料もちょっと高いってことでここに決めました。
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お二人とも求人票から魅力を感じられたのですね。
それでは次の質問ですが、今されているお仕事の内容を教えてください。
川﨑さん
今は現場の雰囲気とか、お金もそうですけど、そういうのを見てパトロールして歩いています。
5月、7月になれば求人で学校を回って、本当に正直に真面目に求人の先生と向き合って、ラインマン募集に全国を回ってみんなで活動しています。
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最近はSNS、特にTikTokで現場作業をできるだけ投稿して、
こういう福利厚生でみんな格好良く働いてますという風にアピールして求人して、若者を採用したりする時代になりつつあるので、どんどんラインマンを志望する人が増えていくといいなと思います。
本間さんは現在どのようなお仕事をされていますか?
本間さん
一応工事部長という立場で、工事の元請けさんとのやり取りだったり現場調査、あとはいくつかある現場の配置関係、誰がどこにいて、という配置を常に考えたり、あとはパトロール関係、その辺を主にやっています。
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お二人ともパトロールが今は主になっているのですね。
高校を卒業して初めて行った現場は覚えていらっしゃいますか?
川﨑さん
富津火力という千葉の現場で新設工事だったんですけど、当時研修も3日くらい安全教育を受けて、それで現場にすぐ乗り込んで、初めて新入社員で(鉄塔に)昇って、カタカタ震えながらもう腕がパンパンになりながら、3番までしか昇降機で昇れなくて、それからグランドまでは手昇りだったんです。
(会社に)入って一週間でヘリ延線がありまして、その相棒として。使えなかったんですけど、鉄塔に昇ってヘリのロープを固縛した記憶があります。

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最初の現場からすごい経験をされたんですね。
本間さんは最初の現場を覚えていらっしゃいますか?
本間さん
自分は北栃木幹線という100万ボルトの新設工事です。
(現場に)入ってすぐステージっていうものを一所懸命組んでいた記憶があります。
あとはバーチカという機械に乗って、鉄塔の上まで130mくらいその辺まで結構連れられていって、仕事は追々で、とりあえず行くだけ行ってみて勉強していました。
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当初現場でここはつらかったなということはありますか?
川﨑さん
やっぱり休みがないというのが一番つらかったですね。現場問わず。
次の休みはいつかなと考えるくらい停止工事が輻湊しまして、その時は本当に家族とも、当時は彼女とも会えないし夜遅くに会いに行ったりした時もあります。
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逆に良かった点はどんなことでしょうか。
川﨑さん
夕方になればみんなで集まって食堂で飲みながらワイワイ騒いだことかな。
面白い話があって、昼いなかったんだけど、夜になったら一緒に飲んでいて、
「お前今日どこの現場へ行ってたんだ?」というような人がいるんですよ。
昼、誰も気づかないんですよ。で、夜になるとまた出てくるんですよ。
そういう思い出もありますね。
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現場の皆さん和気藹々とされていたんですね。
本間さんは当時、つらかったこと、良かったことはありますか?
本間さん
仕事の思い出というよりは、毎週3日休みで相模原に戻って、休みの日の最終日にマイカーで現場に乗り込んできてっていうのをやっていまして。
今は会社の車で行ったり来たりがメインなんですけど、その時はマイカーで現場移動をして、仕事終わってから相模原に帰る日ももう自分の時間になって、オンとオフの切り分けがしっかりしていてそれはすごくよかったです。
今現場に車乗って行くと言ってもなかなか難しいので、その辺はすごく良かったかなと思います。
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つらかったことはありましたか?
本間さん
苦しかったことはあんまり・・・。
何でも物が大きくて大変だったので、苦しいことだらけではあるんですけど、
結構楽しかったかなと思っています。
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ありがとうございます。
安全第一の仕事だからこそ、スイッチがちゃんとあるって大事ですよね。
いろんな現場に行かれていると思いますが、現場で心がけていることとか、ゲンを担いでいることなど何かありますか?
川﨑さん
この業界入る頃かな?入る前かな。
それからもうずっと釜石の仙寿院さんというところのお寺さんのお守りを持っています。
1か月に1回交換になるんですよ。
それを妻と自分の家族みんなで持っていて、月ごとにお寺さんから送られてきて。
昔結構宙乗りして、遠くまで出て行ってた頃はもうしっかり胸にぶら下げたりしたんですけど、今は財布の中に入れて、業界入って40年ずっと持っています。
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素敵ですね!本間さんはゲン担ぎや心がけていることは何かありますか。
本間さん
ゲン担ぎのようなものはないんですけど、心がけているとすれば、現場にいてまだ班長をやっている時期などは、前の日から次の日のイメージをしっかり持つようにしています。当日あんまりバタバタしないように。
心配性っていうのもちょっとあるんですけど、一応毎日一日の動きの流れでも何でも、考えながら現場がうまく回るようには考えています。
それは現場じゃなくても、ほかでも大体一緒かなと思います。
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宙乗りしたり、班長で現場をまとめたり、責任を伴うものだからこそですね。
一般の方のイメージでは、ただ厳しいという感じで、実際は何をやられているかあまり知られていないようなところがあると思っていて。
私はインタビューだけでなくいくつかの現場を拝見して、厳しいだけじゃなく、本当にすごい仕事をやっているんだなと感じる現場を目の当たりにしていて、警察官とか消防士さんとかと同じように、日々の人々の生活を守っている大切な存在であると感じています。
私はもっとラインマンさん達の偉大な仕事を知ってほしいと心から思っていて。
お二人は、もうちょっとこういうところを見て、知ってほしいなと思うことはありますか?
川﨑さん
見てほしいとかじゃなくて、当たり前のように電気を使っているんだけど、裏では私たちみたいなラインマンが若手からベテランまで一生懸命電線を張り替えたり新しく張ったりして頑張っているんだよっていうのをやっぱり分かってもらいたいかなっていう感じです。
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そうですね。私は今まで電気の使い方もすごく雑で停電になった時には「どうなっているんだ」と思うような浅はかな人間だったんですけど、皆さんにインタビューしたり仕事内容をしっていくともう尊敬しかないというか。
一人でもそういう人が増えるといいなと思っています。
本間さんはどのようにお考えですか?
本間さん
緊急報道とかでいっぱい大変な現場は行くんですけど、その時はその時で、やっぱりやる時はやるしかないという気持ちの方が強いので、どんなに大変でも、やって終わった時の気持ちよさの方が大きいですね。
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昔は例えば家族でお酒を飲んでいたとしても連絡が入れば皆さん現場に向かわなければいけない。そこの切り替えが本当にすごいという話を聞いたんですけど、
やはりスカイテックさんも同じですか。
二人
はい。

川﨑さん
筑波の竜巻とか、最近だと木内線の鉄塔倒壊とか。
筑波の竜巻は夜行って働いてへとへとになって帰ってきたとか、そういう思い出はありますけど。
「電気屋さん、いつ電気通るの」というようなことを言われるといつとも言われないので「頑張ります」って答えるとか、そういう感じでした。
それがつらいとかどうのこうのじゃなくて、もう達成感で気持ちよく帰ってきて、
みんなで騒いで、酒飲んでバタッと寝る。そんな感じでしたね。
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今のお話を聞いていても、達成感と、最後はみんなで「おつかれ!」といって、そこに終始していますよね。そこにモチベーションを持たれて、だからこそそこで完結して、次に向かう。ピンチがあったら必ず駆けつける。
そこがきっと皆さんの格好いいところだと思います。
お二人ともスカイテックさんに入られてラインマンとして経験を積み重ねていった中で
マスターラインマンになられていますが、お二人にとってマスターラインマンの称号をもらった時のお気持ちはどうでしたか?
川﨑さん
いろんな面で軽はずみな発言はできないな、という気持ちです。
私の一言で良くもなるし、事故も起きるし、それだけよく考えて発言しないと。
すごい責任感のある、そういう称号だなという気持ちで、プレッシャーの方がすごく強かったです。
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その気持ちを経て、今はどうですか?
川﨑さん
今はもう本間さんの方に半分以上、そういう権限を任せていますので
今は新入社員の育成求人、現場の雰囲気作り、そういうのにすごく気を遣って
みんなが仕事をしやすい環境を作る方にすごく力を入れているつもりです。
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そうなんですね。ラインマンさんのインタビューは過去4回やってきていて、会社の内容とか形って結構違う印象だったのですよね。
その中でラインマンの皆さんが共通して、自分の言葉が良くも悪くも影響力を持つことをおっしゃっていました。やっぱりそこがすべてで、仕事を良くしていくポイントなのだなと感じました。本間さんはいかがですか?
本間さん
全国のマスターラインマンの人に負けないようにじゃないですけど、現場で結構安全に対して、自分の意見もすごく大事だとは思うのでその辺は常に現場に行って、作業員の方に心がけて伝えています。
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安全に対しての意識、とても大切なことだと思います。
長く働かれていると、時代が変わっていくじゃないですか。
その時代の変わり方に対して自分がどういう風に変わっていったか、どうお感じですか?
川﨑さん
今は教え方を考えないといけないし自分なりにずっとやってきたつもりなんですけど、やっぱり時代があまりにもこういう過酷な仕事をする人に対して合ってないというか。
その辺で若手の育成とか、そういうのもすごく気を遣っています。
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やはり先ほどおっしゃったみたいに、自分の発言が吉と出るか凶と出るか
というところは気にかけていらしゃったということで、川﨑さんは割と敏感に未来を見据えてご自身を変えていらっしゃいますか?
川﨑さん
自分を変えるということではなくて、決める前にひとつでも多くの意見を聞いて、集めて、問いかけて、それでみんなが納得するようないい仕事、いい方向に進めていくのが私が心がけていたところです。
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本間さんは時代の流れについてどうお考えですか?
本間さん
自分が入った時は職を変えるとかそういうイメージはなくて、この仕事でずっと頑張っていくみたいな気持ちではもちろん入ってきましたが、今は多分やっぱりちょっと違って、仕事もいっぱいあるし、怒ればへこたれる人もやっぱり多いのかなと思うので、話し方なんかもやっぱり大事にしていかないと。その辺は感じています。

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おふたりとも若手の育成について、特に言葉についてとても慎重に選ばれて考えられているのですね。
川﨑さん
休みに向かって、目標を持って仕事ができる業界。
土日、または代休、そういうのがしっかり計画を持って取れるような業界にすれば、若手もまだまだ集まってくると思います。
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今の若い子達ができそうな仕事も増えてきていますか?
川﨑さん
いや、仕事の内容自体は多分ある程度は機械化されていますけど、50年ぐらい前から宙乗りしてカマ打って緊線っていう流れは変わっていないし、これからもなかなか変わっていけないんじゃないのかな。
だから若い力が本当に必要で、全国を求人に歩く、若い人を集めるっていうのも本当に使命感を持ってやらないと大変だと思います。
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鉄塔を建てるだけではなくて解体することもそうだしもちろん修理もする、鉄塔自体を新しいものに変えていかなきゃいけない。
ですから、未来で働く人手が今一番必要とされている業界の一つなのではないかと思います。
川﨑さん
ちょっとした工具でも、こういうのがあったらいいのにな、少しでもここを変えた方がもっとみんなが安全に楽にできるのかなと気付いたことがあればすぐTLS(株式会社タワーライン・ソリューション)の本社の方に行って、色々相談して開発してもらったり、その辺は融通を利かせていただいています。
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本間さんは現状、働いている環境がこのまま続くのかということもありますし
人を増やしていくことなど考えることはありますか?
本間さん
そうですね、多分今どこの会社さんも高齢化で人手が足りないというのはどこに行っても聞くので、これから先、うちもそうだと思いますけど、心配は心配です。
そのために、今、週休2日制や給料の面でもいろいろなことはやっていると思うのですが、その他にやっぱり楽しいことが、何かあるかなってちょっと考えたりもします。
例えば、仕事の場では、出会いがなかなかないっていうのが昔からなので、出会いの場のサポートとか。
例えば彼女ができたら、仕事のやる気にもやっぱりつながるかなと思ったり。
土曜日でも、そういう出会いの場をちょっとでもサポートできないかなとは少し頭の中で思ったりはしています。
素晴らしいですね。
皆さんいろんな土地に行かれるので、土曜日とか交流会などができたらいいですよね。
株式会社スカイテックさんはどんな会社ですか?また会社に対しての想いをお聞かせください。
川﨑さん
業界をリードするような求人活動から、社員に対しての福利厚生、すごくいろいろ考えて、いろいろなことにチャレンジして、5年先、10年先を見据えた上で、若手の育成教育をしている。
電気屋の仕事だけじゃなくて、社会人としての教育にもすごく力を入れて頑張っている会社だと思います。
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川﨑さんは生涯スカイテック・・・?
川﨑さん
もうそんなに先ないですからね(笑)。頑張ります。
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本間さんは若手育成についてどうお感じですか?
本間さん
この業界は若い人が本当に多くて、みんな素直でいい子で、一所懸命で、その雰囲気をもっともっと良くして、また新しい人が来たらしっかり育てて、これからに繋げていければいいかなと思っています。
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ありがとうございます。未来を担う若手に期待したいですね。
今、株式会社タワーライン・ソリューションさん(以下・TLS)という会社が元請けとしていらっしゃいますが、先ほどお話を聞いてすごくいいなと思ったのが現場でちょっと何か必要なものを感じたら、
TLSさんに行って、話して、実現させてもらうっていう話をされていましたよね。
TLSさんってお二人にとって、どういう存在なんでしょうか?
川﨑さん
頼れる兄貴みたいな。
この下請けのラインマンの会社に対してよく面倒を見てもらって、
年間通しての現場の割り振りから、求人活動のノウハウ、その辺までよく指導してもらって、本当に素晴らしい会社だと思います。
私たちが現場の若手で頑張っていた頃、1つ2つ上の先輩で頑張っていた人が今、TLSの上層部にいますので。
だから18、19歳で入った時に「これどうするんですか?」って聞いて頼っていた人達が今、本社の方にいるっていうイメージですからね。
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へえ~・・・すごく素敵な話ですね。本間さんにとってTLSさんはどんな存在ですか?
本間さん
日本一の会社かなと思っています。
うちも関東、埼玉、神奈川に寮がありますので、できれば関東から出ないくらいいっぱいお仕事頂きたいです。
やっぱりあんまり遠くに行っちゃうと、その分若い人たちに負担がかかっちゃいますので、これから若手を残していくって考えると、やっぱりできるだけ近場で仕事ができるようにいっぱい回して欲しいなと思います。
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すごく素敵な関係性なんですね。
社内の関係性も素晴らしいと思いますが、先輩マスターラインマンの川﨑さんから後輩であります本間さんにアドバイスなど、何か伝えたいことはありますか。
川﨑さん
アドバイスのようなことは特にないですけど、人員配置とか、現場の運営で困らないように一所懸命求人して、若手を集めていって、スカイテック本来の力でどんな現場もこなしていきたいかなと思っています。
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本間さんは、先輩に対してこうしてください、ということはありますか?
本間さん
現場に来て、愛のあるカミナリをもっといっぱい落としてほしいと思います。
川﨑さん
無理だ(笑)
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